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特集

南武線の“快速”

◆ 南武線“快速”の歴史

2011年3月のダイヤ改正で快速電車が設定された南武線ですが、過去にも様々な形で快速電車が運転されてきました。

1969年から1978年までは、川崎〜登戸間で快速電車が運転されていました。当時の南武線は、まだ茶色の“旧型国電”が活躍していた時代ですが、快速電車においては101系電車が使用されました。ちなみにこの快速は、中央線で使用されている101系を借りての運転となっていました。当時の停車駅は、川崎・武蔵小杉・武蔵溝ノ口・登戸のみで、下りは武蔵中原か武蔵溝ノ口で各駅停車の追い抜きを行っていたようです。

その後、南武線にも101系が導入されて所要時間が短縮されたことや、快速によって各駅停車の運転間隔が大きく開いていたことなどから、およそ9年間で快速電車の運転は取りやめとなりました。


当時の国電路線図(鉄道博物館にて)


南武線の快速が記載されている(鉄道博物館にて)


当時使用された101系電車(イメージ・JR東京総合車両センターにて)

国鉄末期からJR初期にかけて、青梅線や中央線方面に直通する臨時列車がいくつか運転されたようです。南武線内で快速運転を行っていたかは不明ですが、この運転形態が今後の臨時快速に繋がっていきます。

2000年春より運転が開始されたのが、青梅線に直通する臨時快速“川崎−奥多摩ハイキング号”です。2000年春と秋(一部)は167系アコモ車で、2000年秋から2002年春までは南武線103系(4連に短縮)で運転されていました。2002年秋から運転を終える2006年秋までは、201系“四季彩”によって運転されました。

ハイキング号の停車駅はたびたび変化し、また時期によっては各駅停車の追い越しなども行っていました。初期の停車駅は、川崎・武蔵小杉・武蔵中原・武蔵新城・武蔵溝ノ口・登戸・府中本町・立川でしたが、最終的には川崎・武蔵小杉・武蔵溝ノ口・登戸・立川のみとなっていました。


ハイキング号に使用された167系と103系(左:川崎駅にて/右:尻手駅にて)


“四季彩”もたびたび入線(左:尻手駅にて/右:川崎〜尻手間にて)

2008年以降は、中央線方面に向かう臨時快速列車がお座敷車両を使用して運転されるようになりました。2008年夏の“お座敷もも狩りエクスプレス号”、同年秋の“お座敷ぶどう狩りエクスプレス号”から始まり、2009年には“お座敷いちご狩りエクスプレス号”“快速いろどり山梨さくらんぼ号”なども運転されました。2010年にも同様の列車が運転されるなど、南武線では臨時快速が年に数回運転されるようになっています。


快速お座敷もも狩りエクスプレス号(回送・武蔵中原駅にて)


快速お座敷もも狩り号(回送・尻手〜矢向間にて)

また、2009年と2010年の秋には、立川始発で南武支線や貨物線を経由し、根岸線に抜ける臨時快速列車も運転されています。こちらもお座敷車両を使用しての運転となっています。


快速はまみらい号(川崎新町駅にて)

これらのように臨時快速列車が多く運転されるきっかけになったのが、2008年3月にJR東日本が発表したグループ経営ビジョンに、南武線を“東京メガループ”の一部として利便性やサービスを向上する、という記述が掲載されたことが関係していると思われます。

そして2010年9月24日に、JR東日本が2011年3月に南武線のダイヤ改正を行い、快速電車の運転を行う旨を発表しました。それに伴い、車両・設備を改修したり、パンフレットを作成するなどしてダイヤ改正に備えましたが、ダイヤ改正前日の2011年3月11日に発生した東日本大震災による間引き運転などの影響で、実際に運転を開始したのは同年4月9日となりました。

快速電車は、日中データイムに毎時2往復、計12往復が運転されています。なお、車両は南武線の205系・209系が共通運用で使用されています。


209系による快速電車(中野島〜登戸間にて)

現在快速電車は、川崎〜登戸間で快速運転を行い、登戸〜立川間は各駅に停車しています。快速区間の停車駅は、川崎・鹿島田・武蔵小杉・武蔵中原・武蔵新城・武蔵溝ノ口・登戸となっています。なお、JR側も「現在の運転形態が最終的なものではない」との発表をしているため、稲城長沼駅の高架化時などのタイミングで何らかの変更がされる可能性があります。